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第1回:若狭勝さん(弁護士)

第3部:若狭勝弁護士が語る「裁判員になる市民の皆さんに伝えたいこと」

これまで、若狭弁護士には「なぜ裁判員制度ができたのか」ということと、そして裁判員制度に寄せる「想い」と情熱の原点についてお話いただきました。最終回の第3部では若狭弁護士から裁判員となる(かもしれない)市民の皆さんへ伝えたいこと、メッセージを中心にお話を伺いました。


当事者たちの話をよく聴いてあげて―「聴く」ことが立ち直る第一歩

若狭勝弁護士若 狭裁判員になる人に何を訴えたいかっていうことについて言いますと、やっぱり法廷に出てきた被告人とか被害者といった人の話をよく聴いてあげて欲しいと思います。それを一番大きく感じますね。これはですね、なぜ、その話をよく聴いてあげて欲しいかって言いますと…。

実はですね、実際に有罪になって、受刑しますよね。刑務所に行って、実刑になって。そういう受刑者にアンケートを採ったことがあるのですよ。そうしますと、「自分の更生にとって一番役立ったことは何ですか」という質問に対して、こういう答えをする人が多かったんですよ。つまり、「捜査や裁判を通じて、自分の話を真摯に聴いてくれた」と。で、その真摯に聴いてくれたことが、その後のその人の更生に役立っている、と。で、逆に、捜査とか裁判の段階で「自分の話なんか全然聴いてくれない」と。もう一方的に「犯人だ」と決めつけて、「悪者だ」と決めつけられた人は、その後の更生において、やっぱり、根に持っているものですから、自分の更生っていうものに邁進出来なくなってしまうのです。だから、そういうことからすると、やっぱり、本当の更生を考えっていうためには、裁判でしっかりと事実を聴いてあげる、と。主張を聴いてあげる。耳を傾ける。

これは被害者遺族の参加でもそうなのです。遺族の話をしっかり聴いてあげるということによって、遺族は少なくとも気持ちが和らぐでしょ。で、遺族が例えば懲役15年って、検察官の求刑より重い求刑をするとしますよね。遺族がああいう裁判の場において、今までは当事者として全然裁判に出てこれなかったわけです。しかし今度は当事者として、きちんと裁判に出られる。そこで、意見を言えるということが被害者遺族にとってみると非常に心の安らぎというか、留飲が下がるというか、そういう気持ちになっていくと思います。

ですから、いずれにしてもその裁判関係者は、いろんな立場があるわけですが、特に被告人の話や、証人尋問においても、やっぱりちゃんと話を「聴いてあげる」というのが、適切な判断をするための大きな一歩だと思いますね。

一人一人が「我がこと」として考えるが大切

インタビュアー冒頭に(第1部)若狭先生は、裁判員制度は市民が犯罪や刑事司法について「『我がこと』として考える」と良いきっかけになるとおっしゃいました。他人事ではなく自分のことのよう考えるというのは、キーワードになると思います。しかし、私達一般市民はどちらかというとやっぱり「他人事」でずっと来れたという部分があり、制度が始まってもまだ「他人事」というのが実感だと思います。「ポンッ」と制度が始まって、ちょっとあわてて考えていかなきゃいけないというふうになっていると思うのです。

一方で、これは物事の考え方によるとも思うのですが、お互いに言わば「監視する」ということに非常に抵抗を覚える方はいると思います。その辺について先生は、どういうふうにお考えなんでしょうか。

若 狭そうですね。防犯カメラを街なかに設置するということについては賛否両論あると思うんです。私としては、検事としてやってきた経験から言うと、これからはとにかくその防犯カメラを、きちんと設置するようにしていかないと、本当に犯罪を抑えていくことができないというふうに思っています。やはり、防犯カメラがあることによって抑止力が働くこともあるだろうし、また、犯罪が起きたときに、その犯罪の証拠という意味では非常に大きな力があります。

私自身ですね、横浜の刑事部長をしていたときに、横須賀で米兵が主婦を朝方に強盗し、殺害してしまったということがありました。そのときに近くの防犯カメラが、犯行そのものは映してないのですが、被害者の声だけを拾っているんです。その声というものがですね、ほんっとに聞くに堪えないような、非常に悲惨な声で、「来てーっ!来てーっ!」と。すごい金きり声で、その声がまさしく犯罪のむごたらしさを物語るということで、防犯カメラの力というのがすごいと思ったんです。そういう形で、犯罪の証拠化ということについても役に立ちますし、またそういう監視の目というのにも役立つと思うんですよね。

今おっしゃられたように、やはりこれだけ皆さん、人権感覚が富んできており、また価値観がそれだけ多様化すると、「人から見られるというのは嫌なことだ」と思うというのはその通りだと思うのです。私もその中の一人であります。ただ、やはり先ほどの話に戻りますが、やはり一人ひとりが「我がこと」として考えることが、ひいては自分達の生活の平穏につながるのだということに思いを致し、その辺のところをやはり甘受すべきところは甘受するということが、これからは特に大事だと思うのです。

たとえば、クールビズ。私も今日はクールビズなんですけれども、クールビズというのはネクタイをしないとかということに目的があるのではなくて、温暖化現象において、室内温度を28℃に保つ為にはそういうラフな格好をしようということです。これを、一人ひとりがそういう思いを抱かないと、結局はクールビズというものが「ああラクちんだ、ラクちんだ」というだけで終わってしまうわけです。「ネクタイをしないでいい」ということは、いわば「温暖化現象を食い止める、CO2を削減する」という大きな目的の為に自分が一人として、そこに参加しているんだと。いわば「我がこと」として参加しているんだということにつながるのです。また、ごみ捨ての分別化がありますよね。あれもまさしく裁判員制度とおんなじ根っこにあると思います。そういう、キーワードは「我がこと」として、つまり一人一人が「何ができるか」と。国民一人一人が、ちょっと夏のピーク時に「冷房を1℃下げよう」「これによってCO2の削減になるし、電力供給も問題がなくなるんだ」と。いうことで、1℃下げるとか、そのためにクールビズにするとかを一人一人が考える。

そのように一人一人がまさしく「我がこと」として環境問題とか電力供給の問題というのを考えることによって危機から救われるということなのです。それがまさしく「我がこと」としてやってみようということだとすると、裁判員制度というのも、まさしく同じ基盤にあるのです。環境問題と裁判員制度とは同じだと思うのです。したがって、裁判員制度はやりようによっては、これから非常にいい形に発展していくというように思います。

社会に参加しているという実感を得る機会

若狭勝弁護士若 狭もうひとつ裁判員制度のいいところと言う意味において敷衍(ふえん)して申し上げたいのですが、裁判員裁判になるとですね、自分の、市民一人一人の裁判員の一票が、眼に見える形でビジュアルに判決内容に影響を与えるんです。

結局ですね、今、選挙もあるわけですけれども、前回の参議院議員選挙の際に、20代の若者の投票率が36%ぐらいだったんですかね、極めて少ない。それは、自分の一票を投じたところで「社会は変わらない、国は変わらない、政治は変わらない」という無気力感が大きいと思うのです。

ところが、先ほど申し上げたように裁判員裁判は、自分の一票が目に見える形で判決内容を変えるということを実感できるんです。その自分の一票の重みというのを実感するということはですね、国民・市民にとっては今まで経験したことがないような、すごい大きな重みがあるのです。

それは、自分が裁判員としての一票を入れることによって、いわば社会参加・司法参加、ひいては国の行政への参加というのを、一番端的に実感できるのです。選挙ではなく、裁判員裁判における一票というのが、一番自分が関与している、社会に参加しているというのを実感できる。これもそういう意味においては裁判員制度をうまく回転していけば、国民一人一人がそういう思いを抱きだすと、いわば「草の根運動的」に、非常に大きな力になって、裁判員制度というものを軸にして国民が自分達の社会のことを「我がこと」として考え、刑事事件だけではなくて色んなボランティアの問題とか、いうものも全て、色んないい形で展開していくということが予想できるのではないかと。

インタビュアーなるほど。その「社会参加の有効性の感覚」と言えば良いでしょうか。自分がアクションしたことや自分の決断が社会に対して大きな意味を持つ。そこが大きなキーワードにもなってくるのじゃなかと思います。

社会参加の実感―検察審査会の例

若 狭検察審査会というのがあります。検察審査会っていうのは、検察官が不起訴にした事件の適否を判断する組織で、地方裁判所に一つずつおかれていて、これまたくじ引きで、無作為に選ばれる、という意味においては裁判員と同じなのです。それも60年ぐらい続いているのです。すごい歴史があるんですよ。これの検察審査員に対するアンケート調査というのがまたこれが興味深いものがあります。検察審査員に無作為で選ばれた当初は、「こんなもん迷惑だ」と言う人がほとんどなのですよ。

ところが、検察審査員の職務を終えた時に、アンケートをもう一回とると「非常にやってよかった」という人が9割以上になるんですよ。実際は、「リップサービス」をしている方を入れるともう少し落ちるにしても、かなりの方、まあ7割8割の人が「やってよかった」とか、「非常によかった」というアンケート結果になるとは思うんですね。まさしく、この対比なんですよね。「迷惑だ」というふうに最初は思ったけれど、しかしやってみたら「やってよかった」と。

この違いがどうして生ずるかというと、これはですね、やはり先ほど言ったように、自分が一票を投じて結論を出して、その結論が目に見える形で検察審査会としての検察庁に対する、考え直しなさいよ、というメッセージを送り届ける。いわば自分が、国の機関である検察庁に対して、自分の一票がそういう形で国の一部の機関、検察庁という機関を動かすことができる。そういうことを実感できる、というのがあるのだと思うのです。

起訴するのも、裁判するのも「市民」という新たな可能性

若 狭話はズレますが、検察審査会の制度が先般改革になりまして、今までは検察審査会の結論が出たとしても検査庁はそれに拘束されないと。つまり検察審査会が「この不起訴は不当です」もしくは「起訴しなさいよ」と言ったところで、それはただ単に検察庁においては「参考意見程度」にとどまっていたのです。

しかし法律が改正され、裁判員裁判の施行と同じ今年の5月21日から、検察審査会法が変わり、検察審査会の結論として2回起訴相当だと決議した場合は、これを自動的に検察官の起訴を待たずに起訴されることになったのです。

インタビュアーすごい権限ですね。

若 狭すごい権限なんです。言わば、検察審査会の審査員が直接、今まで起訴権限を独占していた検事から起訴権限を奪って、自分達の手で起訴するということが起こるのです。

検察審査会で裁判員裁判対象の殺人など事件で、「起訴相当」と2回言って起訴されますよね。そうすると、起訴したのも市民ですし、裁判をするのも裁判員ですから市民だという、今まででは考えられないような構図が出てくるわけです。

多角的に見ることで物事の真相、真実を見出す

インタビュアー最後になりましたが、少し文脈から離れた質問をします。若狭先生は今、楽しいですか?それとも、辛いですか?

若狭勝弁護士若 狭検事をやってその後、弁護士になったということでより一層楽しいです!何故かと言うと、僕はやっぱり「一面しか見てなかったな」っていうことを実感しているのです。例えば、「接見」(面会のこと)ってあるでしょ。被疑者の接見です。逮捕された被疑者を警察署に接見に行くわけですよ。その時に、検事としては、接見っていうのは抽象的にはイメージ出来るのですが、実際にあのアクリル板を前にしてさ、被疑者が向こうにいて、こっちに弁護士という自分がいて。そのやり取りというのが、どういう状況で行われているのかは、ほとんど検事をやっている時には、実感としては当然わからなかったわけです。でも、実際弁護士になってみて、あの接見室という狭い所で接見をやると、アクリル板を通じて、話が聞きづらかったりとか、その「重苦しい感じ」とかいうのが、実感としてわかるわけです。そうすると、やっぱり法曹という仕事は、検事とか裁判官とか弁護士とか、全部一通りやった方がいいなぁって感じはするのだけど、少なくとも僕は検事をやっていて、今まで一方的にしか見てなかったことを、今度は弁護士側から見るということが、実体験出来るわけです。これがまさしく、非常に嬉しいというか、やりがいを感じられるのです。

物事というのは、もう僕は年がら年中言っているのですが、例えばリンゴがあるでしょ?リンゴがあって、こっちから見ると、赤いリンゴに見えるんだけど、こっちから見ると黒ずんだように見える場合があるんです。それで、真実というのはそういう意味においては、一方からも見て、更にその反対側からも見ないといけないのです。こっちから見ている人は「リンゴは赤い」「あぁ。あれは赤いリンゴだよ」って主張するよね。でも、こっちから見ている人は、「いやいや黒ずんだリンゴだよ」っていうふうに主張するわけです。それで、相手が言っていることは嘘だと決めつけるわけですよね。「赤いじゃねぇか!黒ずんでいるなんて嘘だよ」「黒ずんでいるじゃねぇか!赤いなんて嘘だよ」っていうふうに言うわけです。でも実際は両方とも同じものであり、真実なんですよね。赤くもあり、裏面は黒ずんでいるわけですよ。だから、そういう意味において、やっぱり物事は、相違う立場、反対の立場から見ることによって、初めて真相、真実というものが浮き上がるっていうことが言えると思うのです。そういうことは、僕は頭の中では分かっていたつもりだけど、実際に弁護士になってみて、ホントに反対の立場からいろいろ見たり体験したりすると、「あ、こういうものなんだ!」ということが実感出来るのです。ですから、今非常に楽しくやっています。

インタビュアーなるほど。ありがとうございます。今日は、私たち素人にもわかりやすく丁寧にお話しいただきました。また予定よりもかなりお時間を取っていただきました。本当にありがとうございました。

若 狭ありがとうございました。

※敬称略
インタビュアー:坂上暢幸(裁判員ネット理事)




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