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良心的裁判員拒否という選択肢

良心的裁判員拒否は、明文の規定はありません。裁判所は、裁判員になるのは義務であるからとして、良心的裁判員拒否には消極的な対応をすると予想されます。しかし、良心的裁判員拒否は、裁判員選任手続の中で実現できる可能性があります。以下では、選任手続の流れの中で、良心的裁判員拒否をどのように実現するかを具体的に考えていきたいと思います。

(一)調査票の返送~その年の裁判員候補者名簿に載った時

まず、裁判員候補者名簿に載った人には、名簿記載通知とともに、裁判員になれない事情などを尋ねるための調査票が送られます。調査票の段階では、直接的に良心的裁判員拒否について聞かれることはありません。もっとも、この調査票を裁判所に送るときに、真剣に考えて裁判員を拒否したいと思った旨を調査票の余白に記載することやその旨を書いた紙を同封することはできます。この調査票を裁判所に返送する時が少なくとも最初に自分の意思を伝える機会であることは間違いがありません。

(二)質問票の返送~裁判員候補者として呼出期日が決まった時

呼出状は、遅くとも選任手続期日の六週間前までに送ることになっている。呼出状と一緒に「質問票」が送られてきます。この質問票には、調査票よりも詳しく事情を尋ねるとされています。「同居の親族を介護・養育する必要がある」、「事業上の重要な用務を自分で処理しないと著しい損害が生じるおそれがある」、「その他、裁判員の職務を行うこと等により、本人又は第三者に身体上、精神上又は経済上の重大な不利益が生ずる」などの理由で辞退を希望するかどうかを尋ねることが検討されています。良心的裁判員拒否を希望する場合には、「その他の…」理由にあたることになります。

(三)選任手続期日~裁判員候補者として裁判所に行く時

裁判所に理由なく行かない場合には過料の制裁を受ける場合があります。裁判所では、裁判官から質問がされます。裁判官のほかに検察官と弁護人が同席します。この場で、真剣に考えた結果、自分には人を裁くことはできないので裁判員になることを拒否したいと伝えることができます。裁判官は、裁判員になることは義務である旨を説くかもしれません。しかし、人を裁くことはできないと考えるのは、自分の心の中の問題であるから、そのことを裁判官に伝えても過料になるなどの罰則はありません。

この質問の後には、裁判員候補者の中から、くじで裁判員が選ばれることになります。しかし、ここで重要なのは裁判員候補者全員の中からではなく、不選任決定した人を除いた人たちの中からくじによって裁判員が選ばれるということです。

不選任決定には、大きく分けて三つあります。一つは、辞退事由や不適格事由が認められる場合です。良心的裁判員拒否が、辞退事由として認められれば、くじの対象者の中からはずされます。

次に、検察官と弁護人が、それぞれ四人ずつ理由なしで行う不選任請求の対象となった場合があります。検察官と弁護人には、それぞれ四人ずつ裁判員候補者を不選任請求できる権限が与えられています。良心的裁判員拒否を申し出ていた場合、検察官か弁護人から裁判員になるのは不適当と考えられて、不選任請求される可能性があります。

最後に、裁判所が不公平な裁判をするおそれがあると認めた者にあたる場合があります。良心的裁判員拒否の申し出をした人が不公平な裁判をするとは直ちにいえるかは問題がありますが、この判断には裁判所に裁量があり、ここで不選任になる可能性もあります。

この選任手続が行われている間、裁判員候補者として裁判所に呼ばれた人たちは、部屋で待機することになっています。そして、みんながいる前で、くじで選ばれた裁判員(及び補充裁判員)が発表されるのです。裁判員制度の模擬裁判などによる運用では、不選任になった人が誰であるかは発表しないとしています。つまり、裁判員に選ばれなかった人は、自分がくじに外れたのか、それともくじの前に不選任となっていたのかわからないようになっているのです。

このような手続で裁判員が選任されるとすると、真剣に考えた結果、裁判員になることを拒みたいという意志をできるだけ丁寧にあらゆる機会に裁判所に伝えることが大事になります。辞退事由にあたらないとしても、実際に運用の中で良心的裁判員拒否が認められる可能性は大いにあるからです。

ここまでの手続きで裁判員に選任されない場合には、自分は裁判員になりたくないと伝えているだけであるから、本当に人を裁くことを拒みたいと考えているのであれば何の問題もありません。裁判所に出頭していれば過料の制裁を受けることもありません。

(四)裁判員に選任された場合

だが、良心的裁判員拒否を申し出ていたにもかかわらず、裁判員に選任された場合、その人は厳しい選択を迫られることになります。裁判員として宣誓することが求められるのです。宣誓を拒んだ場合、裁判所が宣誓を拒む正当な理由がないと判断すれば、十万円以下の過料(過料は刑罰ではないためいわゆる「前科」とはならない)となります。

もし過料になった場合には、裁判員法では即時抗告という手続きで争うことができるようになっています。その場合は、宣誓を拒むことに「正当な理由」があるかどうかが争点となるでしょう。さらに、思想良心の自由という憲法上の問題であるため、最終的には特別抗告という手続きで最高裁判所の判断を受けることになると思われます。事件の性質やその人の信条などはケースバイケースですから、裁判員制度それ自体は合憲だとしても、運用によっては違憲であるとの可能性もゼロではありません。ただし、最高裁判所が憲法の番人であるといっても、裁判員制度の旗振り役であるため、実際には過料の制裁が覆ることは難しいかもしれません。

しかし、過料を恐れて裁判員になる人が一人でも出てくるとすれば、それは制度の本質が崩れていることを意味します。過料を恐れて裁判員になっても、司法に対する理解が深まることはありません。何よりもそのように選ばれた裁判員に被告人の運命が決められることには多くの人が疑問を感じるのではないでしょうか。そのため、裁判員選任手続をどのように運用するのかということは裁判所にとって今後の大きな課題となるでしょう。



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